農 口 尚 彦
日本酒好きの人であれば、この名をご存知の人も多いかもしれません。
農口氏は、石川県珠洲郡内浦町出身の有名な能登杜氏です。
菊姫・上きげんの農口尚彦、天狗舞の中三郎、満寿泉の三盃幸一、開運の波瀬正吉の4人は「能登杜氏四天王」と称される杜氏界のレジェンドたちです。
農口氏が身につけた伝統的な「山廃造り」や、かつて時代の最先端だった「吟醸造り」の技法を学びに来る人は多く、能登杜氏四天王の他の3名も農口氏に教えを請うたとのこと。
そんな農口氏の異名は「酒づくりの神様」。
農口尚彦氏は、日本で最も有名な杜氏の一人なのです。
目次
農口尚彦氏の略歴
- 1990年 JAL初のファーストクラス搭載日本酒として菊姫の大吟醸(農口杜氏)を採用
- 2006年 卓越技術者に贈られる「現代の名工」に認定。「厚生労働大臣」表彰受賞
- 2008年 「黄綬褒章」受賞
- 2010年 「プロフェッショナル仕事の流儀」「魂の酒、秘伝の技」(NHK総合テレビジョン)に出演
- 2014年 「和風総本家」「81歳の杜氏 農口尚彦 幻の銘酒誕生秘話」(テレビ東京)に出演
農口氏は平成25年に農口酒造の杜氏に就任するも、わずか2期の造りで「高齢のため」という理由で引退されました。
界隈では様々な憶測が乱れ飛ぶ中、農口氏による「経営に対する考えかたが違った」と語られたことで、経営側との「お酒に対する思い」の温度差が回復不能なところまで発展してしまったのかもしれません。
そして2017年に農口尚彦研究所が誕生しました。
御年84歳、2年のブランクを経て酒造りの最前線に戻ってこられたのです。
石川県小松市に建設中の新しい酒造は、農口氏杜氏の酒造りにおける匠の技術・精神・生き様を研究し、次世代に継承することをコンセプトとし「株式会社 農口尚彦研究所」と名付けられました。
出典:農口尚彦研究所
できたばかりの真新しい最新の施設で、果たしてどんなお酒が醸されるのか。
今回いったいどんなお酒が出来るのか、ぼく個人も非常に興味がありました。
それは「農口さんの醸したお酒がまた飲める!」という喜びはもちろんなのですが、実はもう一つ理由があるのです。
蔵つき酵母について思うこと
「家つき酵母」ともいうのですが、その蔵に住み着いている酵母のことをいいます。酵母はお酒を発酵する際に絶対に必要なもので、昔は蔵つき酵母に頼った酒造りをしていました。
今は純粋培養された酵母が様々存在するので蔵つき酵母に頼らない時代になっていますが、以前に勝駒の社長の清都さんがおっしゃっていた「(現代も)蔵つき酵母の影響もあるのでは」という言葉が、ぼくの脳裏にずっと焼きついていたのです。
日本酒の味を決定する要素は様々ありますが、各蔵それぞれの味がずっと保てていることや、まれに杜氏が変わってもちゃんとその蔵の味になっているというのも不思議でした。
これは蔵つき酵母も関係しているのではないかと密かに思い続けていたのです。(日本酒好きの一般人としての思考です)
蔵が建設され、いよいよ今回が初の仕込みとなります。
最新鋭の設備とのことですが、蔵つき酵母など1ミクロンもない状態で、使い慣れない設備の中で思うような酒が醸せるのかがぼくにとってすごく興味のある部分でした。
農口尚彦研究所と農口酒造は無関係なので注意
検索結果のメタディスクリプション(検索結果に表示される文章)に「農口尚彦が作る──」と出てきます。
何も知らない人にとっては非常に紛らわしいのでご注意下さい。
※2019年6月18日現在でメタディスクリプションは修正され、公式サイトはオンラインショップとなりました。
ファンから「酒造りの神様」とも称される杜氏(とうじ)の農口尚彦さん(86)=石川県能登町=が、三年前に辞めた「農口酒造」(同県能美市)の商品や広告に自身の名前を使わせないように求め、仮処分を金沢地裁に申し立てた。農口酒造が持つ商標「農口」の取り消しも特許庁に請求した。同社の渡辺忠社長は仮処分に対して争う姿勢を見せている。
双方の関係者によると、農口さんは二〇一三~一五年に、農口酒造で酒を造った。その後は同社を辞め、昨年に設立された酒造会社の農口尚彦研究所(同県小松市)で杜氏をしている。
農口さんの代理人によると、農口さんは自身が造った酒は在庫がなくなったはずなのに、農口酒造が勝手にラベルなどに「農口尚彦」と記して酒を売っていると指摘。農口さんの酒造りの実績に乗じて販売していると主張している。農口さんは研究所を通じて本紙に「大切なお客さまの混乱を招いている状況にやむを得ず申し立てをした」と談話を出した。
商標取り消しの請求について、代理人は「農口という名前は珍しく、日本酒で農口と言えば農口尚彦さんが造ったと考える人が多い。誤解を招かないようにしたい」と説明する。
一方、渡辺社長は取材に「名前を記して売っているのは農口さん本人が造った在庫品だけで、台帳にも記録がある」と説明。「農口さんが辞めた後に造った酒には僕自身の名前を記している」と話した。
「農口」の商標は渡辺社長が登録申請した。渡辺社長は取り消し請求について「自分の名前と同じだからといって、僕らが持っている商標を後から取り消せというのはおかしい」と反発している。
記事引用:中日新聞
著名な杜氏(とうじ)として知られる石川県能登町の農口尚彦さん(86)が以前に勤めていた「農口酒造」(同県能美市)を相手取り、日本酒などのラベルに自身の名前を使用しないよう求めた仮処分について、金沢地裁が申し立てを認める決定をしたことが14日、分かった。5月30日付。
農口さんが現在杜氏を務める農口尚彦研究所(同県小松市)によると、農口さんは2015年に農口酒造を退社したのに、その後も同社は日本酒などに「杜氏 農口尚彦」と題したラベルの使用を続けていると主張している。
同社と研究所が製造した酒を客が混同する恐れがあるとして、農口さんが昨年11月、仮処分を地裁に申し立てた。酒造側は「農口さんの承諾を得ている」などと反論したという。
農口さんは研究所を通じ「今回このような結果になって、一安心です」とのコメントを出した。
一方、農口酒造の渡辺忠社長は14日、取材に「農口尚彦のラベルの付いた酒は農口さんがここで働いていた際に造ったもので、私には売る権利がある」と主張した。(共同)
記事引用:日刊スポーツより
本醸造無濾過生原酒2017を通販で購入してみた
12月26日から販売とのことで通販で予約購入してみました。
届いたのが本日27日。
現在販売されているお酒は本醸造無濾過生原酒のみ。
価格は税抜きで1.8L¥4,000。
720mlでは2,000円となっています。
「本醸造」と書くと何やら本物っぽくて聞こえはいいのですが、一般的に本醸造の価格は1.8Lで2,000円くらいまでのものがほとんどで、この4,000円というのはかなり強気な価格設定といえるでしょう。
ぼくが初めて購入して飲んだのは2017年度のもので、その頃は1.8Lで3,000円だったのですが、2018年度からはかなり値上がりしてしまいました。
農口尚彦研究所のために蔵を新築し、石川県ではCMもバンバン放映されているということですし、値上げに関しては需要に供給が追いつかない人気っぷりだったのかなあと思ったりもしますが、飲む人にとってはそんな事情などどうでもいいこと。
飲んでみて「この味でこの値段は高い」と思われればそれまでなのです。
では飲んでみましょう。
ぬうう、こ、これは・・・・
口に含んだ瞬間の微細な炭酸の心地よさと、口当たりの柔らかさ。
その後にしっかりとした酸が立ち上がってくる。
その酸は存在感を示しながらも上品で軽やか。
含み香は洋梨を思わせる果実の爽やかさを感じます。
そして、酒を飲み込んだときのキレも抜群。
軽やかなだけのお酒ではなく、しかし濃いお酒でもなく、酸と香りとキレのバランスが実に精妙なのです。
これは本醸造というより、まるでできの良い吟醸酒ではないか。
無濾過生原酒特有のフレッシュ感がありながら、生酒とは思えないまとまりの良さ。食事のじゃまをせず食中酒として抜群でありながら、そのまま飲んでもおいしいお酒。
これは3,000円(2017年度)の価値は十分にあったといえるでしょう。
50年余りにわたって酒造りをデータに残してきたという農口さんに、蔵つき酵母なんて必要なかったんや!
一升瓶の封を開けてからこの記事を書きはじめ、もう既に4合近く消費してしまいました。
アルコール分は19度もあるのに、それほどに感じない飲みやすさ。
この飲みやすく飲み飽きなさも大きなポイントです。
3日経ったものと開けたてを飲み比べ
よく「日本酒は開けて日が経つと酸化して劣化する」なんて聞くこともありますが、実際はどうなのでしょうか。
開けて3日経過して残り僅かになったもの(画像左)と、開けたての本醸造(画像右)を飲み比べてみました。
3日経過したこの変化に対して「劣化」という言葉は適当ではないと思いますね。
このときの飲み比べで「3日経ったほうが落ち着きがあって好き」という感想の人もいて、開けたてのものも時間が経ったものも、それぞれの魅力を感じることができました。
味が変化していく様を楽しむのもまた、このお酒の魅力の1つなのではないかと思います。
純米大吟醸2017も飲んでみた
予想以上に立派な箱に入っていて、思わず姿勢がピンと伸びようというものですね。
兵庫県産の山田錦を100%使用し、50%にまで磨き上げたお米を使用した純米大吟醸無濾過生原酒。
価格は税抜きで¥4,000円。(720ml)
さあ、この純米大吟醸はいったいどんな味がするのか、日本酒を飲むときにこれほど期待に胸が高まったことは久しぶりです。
口に含むと、本醸造のときのように炭酸ガスの微細な刺激を感じます。
そして吟醸香は華やかながらも品が良く、酸味とのバランスが絶妙。
吟醸の香り高さと生酒特有のフレッシュ感が素晴らしいのですが、全体的には極めて線が細くキレも抜群で、まるで清流のような繊細さや軽やかさを感じます。
肴なしで飲み続けても飲み飽きしないし、食中酒としても料理の邪魔をしないという実にオールラウンダーな純米大吟醸でした。
CLASSIC edition「山廃純米」2018も飲んでみた
『酒造りの神様 農口尚彦』といえばやはり山廃を抜きには語れませんよね。
2018年醸造の山廃純米はラベルが一新され、価格も大幅に改定されています。
720ml:5,000円、1800ml:10,000円。
2017年度醸造の720ml2,000円からすると2.5倍に跳ね上がっています。
まるで春の息吹のように、心地のよい炭酸ガスの刺激。
控えめで上品な女性の立ち振舞いを思わせるような、穏やかで端正な香り。
大地のような雄々しさと均整のとれた酸味が口内を包みこみ、飲み込んだ後には爽やかな清涼感が吹き抜けていきます。
うーん、確かにこれはうまい酒だ!!
さすが山廃の達人としか言いようがない。
アルコール度数が19度もあるのにアルコールのキツさよりも酒の旨さが際立っていて、どれだけでも飲んでいられそうな飲みやすさ。これはやばいお酒ですよ!
が、しかし・・・
単刀直入に言うと、ちょっと儲けすぎじゃない!?と思ってしまいました。
酒米のキング「山田錦」ほどは高価でない五百万石を75%使用し、この価格帯なら精米歩合40%が多い中このお酒は65%で、熟成させていない生酒な上に、大吟醸でも吟醸でもない山廃の純米が720mlで5,000円という価格は、これまでの日本酒の歴史を振り返ると常識破りな価格であるように思います。
でもそれはこれまでの日本酒市場での常識であって、世界市場では味に見合った価格をつけるのが常識ではあります。
つまりこの価格は世界市場に打って出るための施策かなと思ったのですが、でもそれにしてはアルコール度数がちょっと高すぎるのではないかという気もしますし。
農口氏は農口酒造を退社された後の講演で“「社長と経営に対する考え方が違ったので、一緒に仕事をすることができないので、引退することにした。私は一人でも多くの人に飲んでもらい考え方であり、この点に違いが出た」”と言われたそうですが、この山廃純米の価格や本醸造の値上げは農口尚彦氏も納得されてのことなのか気になるところです。
とはいえ、『酒造りの神様』とまで言われたお人の醸すお酒なので、それでも売れるのならそれもやむなしかなという気はします。
この類まれなる酒造りの技術と経験を、少しでも多くの若い人たちに伝承していっていただきたいと願ってやみません。
本醸造と純米大吟醸と山廃純米の裏ラベル比較
本醸造 無濾過生原酒2017 | |
アルコール分 | 19度 |
原材料名 | 米(国産)、米こうじ(国産米)、醸造アルコール |
原料米の品種名 | 五百万石 75%使用 |
精米歩合 | 60% |
純米大吟醸 無濾過生原酒2017 | |
アルコール分 | 17度 |
原材料名 | 米(国産)、米こうじ(国産米) |
原料米の品種名 | 兵庫県産山田錦100%使用 |
精米歩合 | 50% |
山廃純米 無濾過生原酒2018 | |
アルコール分 | 19度 |
原材料名 | 米(国産)、米こうじ(国産米) |
原料米の品種名 | 五百万石 75%使用 |
精米歩合 | 65% |
一般の日本酒はだいたい15%~16%なので、無濾過生酒としての味わいも楽しめるようにとアルコール度数が少し高めに設定されています。本醸造と山廃純米はアルコール分19%、純米大吟醸はアルコール分17%です。
施設の見学も可能です!
農口尚彦研究所では見学もできるとのこと。
酒造施設の見学・ギャラリー観覧・テイスティングルーム「杜庵」での有料試飲がセットになった日本酒体験プラン「酒事」は、2018年3月に開始予定。(事前予約要)
画像出典:農口尚彦研究所
うーん、これはぜひ行ってみたい。
80歳を超えて、今もなお精力的に日本酒業界に活力を与えてくれる農口尚彦氏には日本酒好きとしても尊敬の念しかありません。
このような農口氏なので、やる気のある蔵人を募集したところ全国から有能な若者が瞬殺で集まりました。それはそうだと思います。こんな生き神様のような人から学べるだなんて、ぼくですら興味があるくらいですから。
今回販売されていたのは本醸造のみでしたが、これから冬が深まるにつれ、純米酒・山廃純米酒・山廃吟醸酒・純米大吟醸と続きます。
日本酒好きの人にはもちろん、あまり飲めないけど興味はあるという人にも、ぜひ試してみていただきたい。
「誰もが旨いと思うお酒」を「誰もがお求めやすく」
そんな強い信念を感じるお酒を、ぜひ多くの人に飲んでみてほしいと思いますね。
楽天の「みなみ酒販」で購入したところ、独自の取材記も一緒に同梱されており、とても興味深い内容でした。
コメント
コメント一覧 (9件)
これスゴイお酒やったのですね(^^;)
どこかで見て「研究所ってなんやねん?!」と無知なわたくし「こんな変わった名前のお酒誰が買うのかなあ?変なの~。ジョークグッズかな?」と思ってしまってました(^^;)
日本酒飲まないので全く知りませんでした。
すいませんでしたm(__)m
大変勉強になりました。
まあ知らない人からすればそう思ってしまうのも致し方ないかもしれませんね。
それにしてもこのお酒、普段呼ぶ時なんていえばいいんでしょうね。
『農口』だと、以前杜氏だった「農口酒造」の「農口」と被って紛らわしいし、
『農口研究所』だとちょっと長い。
なので、個人的には『農口さん』と呼んでみることにしますかね。
「研究所」だと被らないのでは・・・
科学的なイメージがちょっと強すぎませんかねw
「研究所の本醸造が云々…」
ボタン一つでAIが酒作ってくれそうですw
イオンに農口尚彦がいた蔵と、
書いてあったので、
手に取ったお酒のラベルをみると、
農口酒造と書いてあったので、
確か農口尚彦研究所だったはず、
何かおかしいと思い買いませんでした。
トップバリューと書いて下さい。イオンさん
イオンで大人買いさん、コメントありがとうございます。
ぼくも大人買いしたいですがなかなか・・・(笑)
農口酒造は農口尚彦氏が以前杜氏を務めていた蔵ですが、2期の造りの後に農口酒造を辞めています。
農口酒造では現在では農口尚彦氏の造ったお酒の在庫は切れているとされていて既に関係はありません。
農口酒造は『農口』の商標を持っていますが「広告や商品に自分の名前を使わせないように」と農口氏側から自分の名前を使わないよう求めた仮処分を金沢地裁に申し立て、また農口酒造が持つ商標「農口」の取り消しも特許庁に請求していて現在進行形で争われています。
商標はどうなるかわかりませんが、紛らわしいのは間違いないといえるでしょうね。
地元と言うか仲間うちでは、
グルグル農口と呼んでます。
ともさん、こんにちは。
確かにグルグルですね(笑)
本人のほうが名称を変えなきゃいけないのは芸能人ののんさんを思い出すものがありますが、グルグル農口という呼称はほのぼのとしていてアリかもしれませんね。
この酒に興味があり、調べてみた。
濃口の菊姫時代から。
濃口ってただの問題児じゃないか。
山廃の生みの親?
本物の山廃を知っているなら人なら、笑われるレベル。
濃口が辞めた?(正確には辞めさせられた…)あとの酒は当時よりうまい。
ネットってこういうのが怖いね。
風評被害で不味いごとく書かれてる。
騙されたと思って日本酒ファンは飲んでみ。
めっちゃうまいぞ。これ。
数千円払って、うまい酒に出会えるなら、今後不味い酒に数千円払うより全然良い。
本当にうまかった。以上。