意外と知られてなさそうな富山発祥・発明ランキング!

こんにちは、富山人あるのんです。

「富山発祥のものって何?」と聞かれて何を想像しますか?

ますの寿司、昆布締め、ブリしゃぶ、配置薬、米騒動、チューリップ栽培などはわりと有名ではないでしょうか。

調べてみると、「え?これも?」というのが他にもありましたので、独断と偏見ではありますがランキング形式にしてみましたので、どうかご覧になってみてください。

5位 定置網


画像出典:wikipedelia

寒ブリで有名な氷見市は定置網の発祥の地。

 

その起源は天正年間1573年、現在から445年もの年月をさかのぼる。当時はワラを使用したワラ台網で漁が行われたという。

 

明治40年に日高式大敷網、大正元年に日高式大敷網を改良した上野式大謀網、昭和に越中式落網が日本全域に普及し、昭和40年代には越中式鰤二重落し網へと改良されていった。

まるでナスカの地上絵のようですね。

定置網でとれる魚は「浮き魚」といって海底から離れたところにいる魚のことをいい、イワシ、アジ、イカ、タイ、ブリなどがその代表例となります。

4位 電気こたつ

こたつそのものの歴史は長く、囲炉裏の上にやぐらを組んでふとんをかけたものが既に室町時代から存在した。

 

1956年、当時北陸電力社員で後のKNB放送の社長でもある横山良一氏により「赤外線を熱源にした電気こたつ」が登場する。

 

1957年、それまでの電気こたつは熱源が床式であった。東芝の開発担当者が宇奈月温泉街の蕎麦屋に訪れた際、階上の床に穴を開けてそこへ金属製の容器(2階のこたつの熱源)が1階から見えたことをヒントに、それまで床下にあるのが常識とされた熱源を上部に持ってくるという発想にいたり、このアイデアを商品化したところ大ヒットしたという。

「コタツにみかん」といえば冬の代名詞。

電気こたつの原型となる商品が大正13年(1924)に販売されていたため、厳密には電気こたつの発祥ではないのかもしれません。(あまり売れなかったらしい)

しかし、電気こたつの爆発的な普及に富山が一役買ったのは事実と言えるのではないでしょうか。

3位 運転代行

1956年に着工された黒部ダム建設。工事に関わる大勢の従事者らにとって、月に1~2日のわずかな休日に街でリフレッシュすることは何にも勝る楽しみだったことだろう。

 

しかし作業車で街へ繰り出すまではいいものの帰りが飲酒運転では大きな事故にも繋がるし、怪我人が出れば工事の進捗にも影響を及ぼしてしまう。

 

そのようなことにならぬよう、1963年『株式会社日星』によって代行運転のサービスが始まったのであった。

 

1980年に道路交通法が改正され飲酒運転の取り締まりが厳しくなったことで、『運転代行』というサービスが世間の注目を浴びた。

「世紀の大事業」と言われた黒部ダム建設からこのようなサービスが生まれたというのもなかなか興味深いですね。

黒部峡谷の秘境に位置する黒部ダム建設現場は、言ってみればリアル帝愛地下帝国といえるような労働環境。

いや殉職者171名も出したことを考えると、それ以上の過酷さだったのかもしれません。

そのような生活の中、わずかながらの休日が綺羅びやかなネオン街に足が向くのは自明の理。

運転代行なるサービスが誕生したのは歴史の必然だったといえるでしょう。

2位 暴走族

1950年当時オートバイは高価なものであったが、若者が集団で爆音を鳴り響かせる『カミナリ族』が登場した。

 

1970年にもなるとオートバイの低価格化が進んだことで、『狂走族』と呼ばれた不良少年たちによる暴行恐喝がエスカレートし社会問題となっていった。

 

1972年、富山県富山市中心部の城址大通りから全国に知れ渡った騒動をきっかけに『暴走族』の呼び名が広まり、警察当局もこの名称を公文書に用いたとされる。

「真面目」「勤勉」「働き者」とよく言われる富山から、まさか暴走族が誕生していたというのは正直驚きです。

教育県であることの歪みから生じた産物という考え方もあるのかもしれません。

今や集団で暴走する行為は見かけなくなりましたが、山王祭りでそれっぽい服の人を見かけては「ああ、まだ血は廃れてないんだな」としみじみ思うのです。

1位 無限軌道(キャタピラー)

明治40年(1907)、慶応義塾大学在学中だった富山県出身の高松梅治氏により発明された。

 

13年間の試行錯誤の末に明治44年(1911)に欧米8か国に特許申請し、国内では農商務省の特許を取得。

 

『無限軌道』として帝国陸軍にその有用性を説き、1913年東京第一師団で実験するも結果不採用となったが、その実験を見た英国大使付武官(日英同盟)がその画期的な発明に驚き本国へ急報したという。

1916年9月、第一次世界大戦の欧州戦線にこの原理を応用したタンク(無限軌道戦車)が登場し、その後日本軍を含めた全世界で採用された。

まさかキャタピラーが富山人によって生み出されていていたとは知りませんでした。

キャタピラーは軍事、建設、農業などあらゆる用途に大活躍で、これなくして現代の発展は語れないほどといえるのではないでしょうか。

しかし、この偉大なる発明に至った経緯には悲しい理由があったのです。

身ごもった妻を乗合馬車(通称・ガタ馬車)で病院に連れて行く際、激しい揺れで流産してしまったのです。そのことから「揺れが少なくなめらかな回転をするように」と研究を進めていったことにより生まれた発明だったのです。

まとめ

富山県民でも意外と知らかなった人も多いのではないでしょうか。

富山には密かにすごい人が多いので、またの機会にご紹介できればと思います。

7 Comments

タカキ

富山のハーフなのに何一つ知りませんでした…
僕は大人なのであるのん先生が元暴走族だっていうのはここでは黙っておきますねw

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あるのん

ええ、県民が知らなさそうなものを挙げてみたのでw
ぼくが元暴走族ですか。
では、カミナリ族出身のタカキさんはパイセンってことになりますかね?^^

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kusoimo

いつも楽しく読ませていただいております。

これらの情報のソースは正しいと思えるものですか?
たとえば無限軌道一つとっても英語のwikipediaを参照すればわかりますが、
1908年に無限軌道を備えたトラクターの写真がありますね?
https://en.wikipedia.org/wiki/Continuous_track#20th_century

ただ暴走族の話はわたしも中学生のころまことしやかに語られていたので、
たとえば初出の新聞記事とかそのころ暴走していた人は今何してるんだろうな
などと思ったりするしだいです。

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kusoimo

https://en.wikipedia.org/wiki/Continuous_track#20th_century
無限軌道のルーツは別に日本ではないですね
そもそも”キャタピラー”という社名が無限軌道の別名となっているくらいですから

代行も1963年にサービス開始とありますが、それは黒部ダムが完成した年です。
完成した年に作業員向けの代行サービスが自家用車が一般的でない時代に?

これらの情報のソースは確かなものでしょうか。
面倒なことを書いてごめんなさい

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あるのん

kusoimoさん、こんにちは。
kusoimoさんが言われるにキャタピラーはキャタピラー社(1925年設立)の登録商標ですし、無限軌道の発案自体は18世紀後半から19世紀からあったというのも事実のようです。

しかし高松春治氏が無限軌道を発明したというのもまた事実。
高松春治氏が欧米8カ国で特許を申請したのが1911年で、発明自体は1899年や1907年とする説もあります。
1913年に実験を見たイギリスの英国大使付武官が本国に急報し、秘密裏に開発を進め1916年の9月に第一次世界大戦の欧州戦線にタンクが導入されたという経緯があります。

イギリス軍が日本人のアイデアをパクったことを証明できるのかと言うと、イギリス軍が「日本人からアイデアをいただきました」などと公に言うはずはなく実証できるものではありませんが、歴史的事実からそう推測するのみです。

ということで「キャタピラー発祥」という表現は確かに語弊があったかもしれません。
「無限駆動を発明した日本人」であれば問題ない表記ではないかと思います。
一部を訂正させていただきたいと思います。

【参考URL】
https://books.google.co.jp/books?id=YjwPSdnd4sMC&pg=PA6#v=onepage&q&f=false
https://www.toyamadesign.jp/wp/wp-content/uploads/2017/11/offer39.pdf

次に運転代行ですが、株式会社日星が設立されたのは1963年。
確かに黒部ダムの完成の年と同じですが、黒部ダム工事中は街に繰り出した作業員を送り届けていたのは事実のようで、これは現代で想像するような運転代行サービスではなく、運転代行の前身となるような役務だったのではないかと想像します。

彼らが自家用車で街へ繰り出したとはぼくも思ってませんが、作業車(社有車)でやってきた作業員を無事に送り届ける役割の人がいたのではないかと思うのです。

黒部ダム完成前は工事や工期に支障が出ないように作業員を管理監督していた人たちがいて、運転代行(のようなもの)もその一環だったのではないかと思います。
推測ばかりで申し訳ありませんが。

【参考URL】
http://www.jd-kyosai.com/about/about07.html

貴重なご意見をどうもありがとうございました。

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萼紫陽花

こたつ開発は、「ゆるゆる富山遺産」で見た記憶が有ります。
売薬さんが使う背嚢「コオリ」の単位が”コオリ”だとか。単位の名付け親も、もしかしたら富山県人か?

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あるのん

萼紫陽花さん、コメントありがとうございます。
ゆるゆる富山遺産で紹介されていたのですね。確かにいいネタですからね(笑)
コオリの件は知りませんでした。置き薬(配置薬)は富山発祥なので、単位の名付け親ももしかしたらそうなのかもしれませんね。

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